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ハーフナー・マイクは離婚していた?ハーフナーの一家の絆に感動!

現在バンコク・ユナイテッドでプレーをするサッカー選手、ハーフナー・マイク選手が再婚を発表したことが話題になっています。

ハーフナー・マイク選手といえば元日本代表も経験している、元Jリーガーです。

そこで今回はマイク選手の離婚について、ハーフナーの一家の絆についてご紹介していきます!

 

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元日本代表、ハーフナー・マイクの経歴・プロフィールおさらい!

まずは内容がスムーズに入ってくるように、ハーフナーマイクの、経歴とプロフィールを簡単におさらいしていきましょう!

 

2006年に横浜F・マリノスでプロデビューを果たしたハーフナー選手は、アビスパ福岡やサガン鳥栖への期限付き移籍を経て後に、2010年に完全移籍したヴァンフォーレ甲府でブレイク。

鳥栖時代にはシーズン15得点を挙げ、さらには甲府時代には20得点を挙げてJ2得点王に輝き、エースストライカーとして甲府のJ1昇格に貢献した。
さらには翌年J1でベストイレブンに選出されました!

その後は、フィテッセ(オランダ)、コルドバ(スペイン)、ヘルシンキ(フィンランド)と海外を渡り歩き、11年から16年にかけて日本代表にも選出されます。

プレーの特徴といえば何と言っても持ち前の長身で、身長194cmは大きな武器になっていました。

長身という絶対的な武器をさらに活かす、ヘディングシュートの精度も非常に高く、空中戦では無類の強さを誇っていました。

これに加え個人的に思うのは、体格が大柄ながらも器用な面も持ち合わせており、裏への抜け出しやサイドに流れてきてんを作るようなプレーをこなす一面も持ち合わせています。

 

ちなみに、父はサッカー選手のディド・ハーフナーさんで現役時代にはゴールキーパーを務めていました。

そこでディドさんがキーパーの練習をしたいために、息子であるマイク選手にシュートを打たせていました。

そんな形で、練習に付き合ってもらっていましたが、そうしているうちに、自然とフォワードになりました。

もしディドさんが野球のキャッチャーだったら、ピッチャーになっていたかもしれません!

これって実はプロスポーツ選手にとても多いパターンで、ご両親が何かしらそのスポーツをしていることがきっかけで、そのスポーツを始めるパターンです。

親の子供に対する影響力がとても大きいことがわかりますね。

 

元日本代表選手ハーフナー・マイクは離婚していた?

元日本代表選手ハーフナー・マイクは離婚していた?

報道にもありますように、今回ハーフナーマイクさんが結婚されましたが、2011年5月に一般女性の方と結婚し、お子様もいらっしゃいました。

結婚生活については

「調子が悪いときも、家に帰ったら支えてくれる人がいるというのは大きいですね。子供にも癒されますし、落ち込んでるときは半端ないです(笑)」

「娘の将来は、親バカになっちゃいますけど、モデルですかね。まあ、サッカー選手には引っかかってほしくないですね(笑)」

と話しており、特に娘に対する溺愛ぶりは凄かったようですね!

しかし今回結婚を発表され、すでに離婚されていたことが明らかになったわけですが離婚に至った理由、時期については不明ですが、三浦知良選手の奥様も夫婦生活には苦しい時もあったと話していました。

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度重なる移籍による、生活環境の変化や、プロスポーツ選手としてのハードな毎日。

こういったことが要因の一つではないかと思います。

夫婦の形や、愛情の形はいろんな形がありますし、前向きに家族で話し合った結論がそういった形であっただけで、後ろ向きなことは何一つないと感じました。

 

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かつて日本への帰化を選んだハーフナーの一家の絆に感動!

ハーフナーマイク選手の父でサッカー選手だった、ディド・ハーフナーさんは、縁があり現在のサンフレッチェ広島でプレーすることに。

日本でのプレーが7年になった段階で、すっかり日本に慣れていたことや、家族も日本を気に入っていたことから気化することに決めます。

しかしその当時帰化することが、現在のようにメジャーではない時代でした。

様々な問題にぶち当たりながらも、日本人として生きていくことになります。

父がサッカー選手として生きているハーフナー一家にとって移籍はつきもので、マイク選手の弟が生まれた直後にはジュビロ磐田へコーチ兼選手で赴き、97年には同じ立場でコンサドーレ札幌に移籍。

2003年からは横浜F・マリノスでGKコーチを務め、2008年からは名古屋でアシスタントコーチを務めました。

さらに清水エスパルスでは、弟が名古屋のチームに所属していることから、名古屋~清水間約200㎞を毎日車で通っていました。

これだけ点々と生活拠点を移す状況にありながら、家族と一緒に暮らすことにこだわる理由はディドさんには、「子どもたちが大人になるまで家族はつねに一緒にいるべき」というポリシーがあったからです。

一概にこれが正解というわけではなく、物理的に実現できないことも大いにあるかと思いますが、家族が一緒に暮らしていくことがまず基本としてあることが、もともとオランダ人で日本に帰化されたディドさんですが、こういった考え方は逆に日本人的ではないかと考えさせられました。

日本でも少し前までは、当たり前だったように思いますが、生活スタイルが多様化した、現在はこういった考え方も薄れてきつつありますね。

このような環境で育ったハーフナーマイク選手、離婚され、再婚することになったわけですが、家族への愛情にあふれており、現在の関係性も良好だと思います。

そんなハーフナーマイク選手は32歳とまだまだ第一線で活躍できる年齢だと思いますので、今後もその活躍に注目していきたいと思います!

 

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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