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柔道家 丸山城志郎の経歴&プロフィールまとめ!父の夢だったオリンピック金メダルへの思いに感動!

東京オリンピック出場をかけた「世界柔道選手権」が開催され話題になっています!

兄弟連覇のかかる阿部一二三選手と阿部詩さんの活躍もきになるところですが、個人的に丸山城志郎選手に注目しています。

丸山城志郎(まるやまじょうしろう)選手は、父が92年バルセロナ五輪65キロ級代表の顕志氏という柔道サラブレッドです。

今回はそんな丸山城志郎経歴プロフィールについてご紹介していきたいと思います!

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ミキハウス丸山城志郎の経歴&プロフィールまとめ!

 

それでは早速ご紹介していきます!

5歳の時に柔道を始め、父親である丸山顕志さんが開いた泰山学舎という柔道教室で柔道を行い、めきめきと頭角を現し、全国少年柔道大会の個人戦で3位、団体戦でも兄とともに活躍して3位になるなど、この時からすでに有力な選手として、有名になっていきました。

その後中学でも実績を残し、高校では桐蔭学園高等学校に進学、高校卒業後はお兄さんと同じ天理大学に進学しています。

大学時代には1年の時に全日本ジュニアで延岡学園高校の橋口祐葵選手を指導3で破り優勝という実績をあげ、翌年には、大学の暴力問題で全日本ジュニアへの出場は見合わせ、連覇とはなりませんでした。

しかし、ほとんど練習していなかった状態で出場した講道館杯では、決勝で桐蔭横浜大学の宮崎廉に大外刈で一本勝ちして優勝しました。

 

大学を卒業するとミキハウスに在籍します。

すでに2017年、20118年の世界選手権を連覇した、ライバルの阿部一二三選手が世界選手権の代表に内定すると思われていましたが、決勝で延長の末に敗れ、今年に入ってもグランドスラムパリ大会でまさかの初戦負けを喫するなど、調子が上がらない状態が続いていました。

それに対して丸山城志郎選手は阿部選手との直接対決に勝利するなどし、阿部選手と肩を並べる存在として急浮上してきました。

これまでは阿部選手という大きな存在があったため、影に隠れる形になってきましたが、柔道のスタイルを変えることで、急成長しました。
相手に合わせる柔道から、鋭い内股を軸とした「美しい柔道」を追求してきました。

大学時代の故障の影響もあり、ライバルと比べ遅咲きの丸山城志郎選手ですが、その分勝利への貪欲な気持ちがあります。

テレビの柔道番組を見ていると、当然だとは思いますが注目度の高い阿部一二三選手を中心とした構成になっていましたので、ぜひ頑張って欲しいですね!

 

ミキハウス 丸山城志郎の父親、丸山顕志もすごい!

ミキハウス 丸山城志郎の父親、丸山顕志もすごい!

丸山城志郎選手のお父さんである丸山顕志さんも、日本代表経験のある、すごい柔道選手でした。

丸山顕志さんは5歳の時には、井上康生さんを輩出することになる「静充館柔道場」で柔道を始めます。

学生時代にすでに、その才能の片鱗を現し始め、1992年にはフランス国際、ブルガリア国際、講道館杯と立て続けに優勝します。

そんな国際大会での勢いを買われバルセロナオリンピック代表に選ばれました。

しかしその代表選では、7位と悔しい結果で終わってしまいました。

顕志さんの必殺技は丸山スペシャルと名付けられた変形の袖釣込腰でした。

 

 

気がついたらいつの間にか、丸山スペシャルという名前は使われなくなりましたが、日本だけじゃなく、世界で見ても袖釣込腰を使う選手は、ほぼ使うような技になっています。

1996年には「丸山スペシャル」という会社を設立すると、1999年には「泰山学舎」という柔道場も開設し、育成にあたりました。

オリンピックで金メダルを獲得することはできませんでしたが、日本を代表する柔道選手を父に持つ丸山城志郎さんはとんでもない柔道エリートですね!

 

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丸山城志郎の父の夢だったオリンピック金メダルへの思いに感動

 

見事に日本代表として、オリンピックに出場することになりますが、残念ながら7位という結果に終わってしまった丸山顕志さん。

丸山城志郎さんはそんな父が、とることができなかったオリンピックでの金メダルをとることで、父の夢を果たしたいと考えています。

 

父ができなかった世界一。

オリンピックで優勝して親父越えをしたい。

憧れでもあった父親ができなかったことを達成することで、夢を叶えたてあげたいという思いと、偉大な父を超えたいという思いがあると思います。

 

そのために5歳の時から父が解説した泰山学舎で柔道を始め、必死で取り組んできました。

体重が軽く身長があまり高くない選手は背負い投げをする選手が多いですが、丸山選手は内股を得意技としています。

父の選手時代の映像を見て、自分もそういう内股ができるようになりたいと思って練習してきました。

有名選手の2世は、周囲からのプレッシャーなど、様々な弊害があり、大成する選手ばかりではないのも事実ですが、ぜひオリンピックに出場し、金メダルを獲得して、親子の夢を叶えて欲しいと思います!

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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